矢場とんのルーツ

昭和20年代初頭の名古屋。終戦直後で現在のように物が無かった時代のこと。

雑踏の屋台で、たまたま飲んでいたお客が、何の気なしにつまみで食べていた串かつを、おもむろに"どて鍋"(もつの煮込み。名古屋では豆みそで煮込みます)のたれにドボンと浸して食べてみた。そして一言「こりゃ〜美味い!」。たまたまそこに居合わせたとあるヨッパライも試しに食してみると、「なるほど、これはいける」と...。実はそのヨッパライこそ「矢場とん」の初代店主、鈴木義夫でした。

その後、鈴木義夫はこれを何とか商品に出来ないものかと試行錯誤し、やっとの思いで秘伝のみそダレを完成。昭和22年(1947年)、南大津通四丁目電停前に「矢場のとんかつ」として創業致しました。みそかつのルーツ、それは一人のヨッパライが生み出したイマジネーションの産物だったのです。

創業してまもなく「矢場のとんかつ」は地元の人気店となり、それに伴いみそかつも浸透していきました。しかし、当時みそかつと言えば現在のような大衆料理ではなく、大変高価な料理で庶民にとってはなかなか手の出ない食べ物だったようで、今でも歳を召された方が来店されると、その当時の事を懐かしそうに話しをされます。「戦後の復興期、みそかつは本当に贅沢だった。一生懸命働いて数ヶ月に一度、みそかつを食べるのが唯一の楽しみだった。」と...

現在みそかつといえば、ドロッとしたいかにも赤みそというみそだれをかけるのが主流となっていますが、「矢場とん」では串かつを"どて鍋"にドボンと浸して食べたという当時のイメージをこだわり続けています。

【年表】

1947年 「矢場のとんかつ」として南大津通四丁目電停前に創業 初代:鈴木義夫
1951年 矢場とん有限会社設立
1956年 現在の本店所在地へ移転
1959年 名古屋名物「みそかつの矢場とん」として現在の矢場町本店が建設 二代目:鈴木孝幸
1970年 ナゴヤ球場(当時中日スタジアム)にて外野・内野に27年間テナント出店
1972年 ナゴヤ球場(当時中日スタジアム)にて外野・内野に27年間テナント出店
1982年 名古屋市中区役所閉店
1998年 名古屋ドーム建設後、ナゴヤ球場終了に伴い閉店
2000年 関連会社「なごや矢場とん有限会社」設立 商品開発、販売、流通および食料品加工を行う
2001年 名古屋駅エスカ地下街に「名駅エスカ店」オープン
2002年 三井不動産運営のアウトレットモール「ジャズドリーム長島」スウィングコート内に「長島店」オープン
2004年 東京銀座4丁目に「東京銀座店」オープン
2005年 「矢場町新本店」オープン 「三越ラシック店」オープン